新府城

| コメント(0) | トラックバック(0)

sinpujyousakura1.jpg

本日の更新3件目。

韮崎と言えば個人的には新府城を真っ先に思い出します。

新府城は武田勝頼が甲府の躑躅ヶ埼館(つつじがさきやかた)より移転して築城した城です。

織田・徳川の侵攻に備えて川に浸食された七里岩台地上に築城されたのですが、未完の城と呼ばれています。

また、真田昌幸が築城の際に大きく関わっているとも言われています。

本丸があった付近に勝頼公を祀る藤武神社が建立されています。

sinpujyousakura2.jpg

 

sinpujyousakura3.jpg

織田軍の進軍により、築城の翌年に勝頼は小山田茂信の岩殿城に移るために城に火をかけます。

しかし、茂信の謀反にあい、武田一族は滅亡します。

(大河ドラマでこのシーンは泣けました。。。)

最初から真田家の岩櫃城に行っていれば、歴史は変わっていたかもしれません。

sinpujyousakura4.jpg

二の丸跡を中心にたくさんの桜が植えられています。

sinpujyousakura5.jpg

sinpujyousakura6.jpg

トラックバック(0)

トラックバックURL: https://www.naganotomato.jp/cmt/mt-tb.cgi/1886

コメントする

この記事について

このページは、りりこが2021年4月 2日 09:30に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「韮崎観音」です。

次の記事は「徳島堰 さくら並木」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

ウェブページ

2021年12月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

オンラインショップ

長野県塩尻市の山間の村にある「興龍寺」というお寺に生まれました。
小学校へは1時間ほど歩いて通ってましたが、毎日まっすぐ帰ることはありませんでした。自然に恵まれていたので、近くの山を越えたり、湖を1周したり、カブトムシを捕りに行ったり、川や田んぼで遊んだり…ともかく毎日、違う経路で遊びながら帰っていました。
その当時はあまり感じていませんでしたが、今は信州の四季折々の自然の美しさを実感しています。
そこで、私が感じた信州の自然の素晴らしさを、随時お伝えしていきたいと思います。