平出一里塚

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塩尻の昭和電工のそばに一里塚があります。ここは両方の塚が残っているので、結構めずらしいと思います。

今は塚の横には家が建っており、右側しか気が付かない人も多いです。

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実は私の通った中学校からは比較的近くて、学校の写生大会の時に、この塚の横の田んぼの畔に座って写生していた記憶がうっすらあります。

この左側の松の木は枝ぶりが見事です。

1614年に中山道は牛首峠経由から塩尻峠経由に変更されたことから、この平出一里塚もそのころに作られたようです。塩尻市内の一里塚は9カ所にあったようですが、明治以後消滅し、この平出を含め3カ所が残っており、両方の塚が残っているのはここだけだそうです。

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おまけ。。。。。以前、古い写真を撮ってあったので紹介。。。一里塚ではありませんが、宿場の大松の木の写真です。残っていたら見事だったでしょうね。

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↑桔梗ヶ原 ↓洗馬

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この記事について

このページは、りりこが2020年2月12日 11:20に書いた記事です。

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長野県塩尻市の山間の村にある「興龍寺」というお寺に生まれました。
小学校へは1時間ほど歩いて通ってましたが、毎日まっすぐ帰ることはありませんでした。自然に恵まれていたので、近くの山を越えたり、湖を1周したり、カブトムシを捕りに行ったり、川や田んぼで遊んだり…ともかく毎日、違う経路で遊びながら帰っていました。
その当時はあまり感じていませんでしたが、今は信州の四季折々の自然の美しさを実感しています。
そこで、私が感じた信州の自然の素晴らしさを、随時お伝えしていきたいと思います。