法華寺

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諏訪大社上社本宮の横の法華寺さんです。

上社の神宮寺であった(神宮時とは神仏習合思想に基づき、神社に付随して建てられた寺院)法華寺は、七堂伽藍がそろった大きな規模の寺院だったようです。

また、以前も紹介したことがありますが、忠臣蔵・赤穂浪士討ち入りで有名な吉良上野介の外孫で、のちに養子になった義周の墓があります。

討ち入りの際、防戦につとめながらも、その働きが武士らしくなかったと咎めを受け、領地を召し上げられ、高島藩にお預けの身になりました。(要は流刑ですね。)

しかし、3年後に病気のため死去していますが、断絶した吉良家に義周の遺骸を受け取るものがおらず、この法華寺に埋葬されたそうです。

亡くなった時、21歳ということですから、討ち入りの時は18歳・・・・将来があった身だったでしょうに、、、忠臣蔵の一番の被害者ではないかとも言えるくらいですね。

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また、明治7年から大正15年まで神宮寺学校があり、繭蔵を改築した校舎があったようです。

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このページは、りりこが2019年1月11日 12:54に書いた記事です。

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長野県塩尻市の山間の村にある「興龍寺」というお寺に生まれました。
小学校へは1時間ほど歩いて通ってましたが、毎日まっすぐ帰ることはありませんでした。自然に恵まれていたので、近くの山を越えたり、湖を1周したり、カブトムシを捕りに行ったり、川や田んぼで遊んだり…ともかく毎日、違う経路で遊びながら帰っていました。
その当時はあまり感じていませんでしたが、今は信州の四季折々の自然の美しさを実感しています。
そこで、私が感じた信州の自然の素晴らしさを、随時お伝えしていきたいと思います。